被爆者、我人生

デビッド・ロスハウザー(制作中)映画

命は尊い贈り物だ。脅かされることなく生きていけるように。


プレス・リリース

メモリープロダクション代表のデイビッド・ロスハウザ−氏は、1945年に広島と長崎で被爆した日本人と韓国人、そしてアメリカ人のライフ・ストーリーを85分のドキュメンタリー・フィルムとして、ビデオスフィア社ならびに日本人映画制作者と連携しながら、制作中である。

被爆者が放射能汚染や被爆の後遺症によって亡くなられていくにつれて、危機感がつのる。風化させてはならない被爆者体験をフィルムに収めておくことは大事なことだ。被爆体験を未来永劫残すことによって、世界中の人々が核に脅かされることなく命を尊び大切にすることに貢献できる。

現在までに、被爆体験を持つ日本人、韓国人、アメリカ人とのインタビュー、そして国際青少年の参加した広島、長崎での60周年平和記念式典を含む90時間におよぶ撮影を終えた。あなた方個人として、組織として、また企業としての助力が要請される。財政上のスポンサーであるボストン・コミュニティ教会に税控除の寄付をすることにより、この重要な教育映画制作に参加することができる。 1000ドル以上の寄付をされた方の名前は、映画のクレジットの中で紹介させていただく。

メモリープロダクションは、下記の方々や組織から称賛されている。 WGBH-TV-Boston, 広島市長 秋葉忠利、MIT フォード国際教授 ジョン・ダワー、 (「敗北を抱きしめて:第二次大戦後の日本人」でピューリッツァ賞受賞)、 昭和女子大学学長坂東真理子、UCLA名誉教授ジェームス・ヤマザキ、 昭和ボストンのフェイス・信子・バーカス(荒木)、トーキョー・プログレッシヴ・アンド・ジャパン・インディペンダント・メディアのポール・アレンソン、 平和な明日を求める9.11遺族の会、ハーバード大学医学部教授ロバート・リフトン、インスティチュート・フォー・アドバンスト・スタディ教授ダイソン・フリーマン、日本被団協、韓国被爆者協会、マサチューセッツ州シャーボーン市平和大修道院、ブルックライン市ピース・ワークス、「被爆者、我が人生」と 「サッコとヴァンゼッティの日記」のエグゼクティブ・プロデューサー、デイビッド・モリエロ (www.stagewrightfilms.com)

デイビッド・ロスハウザ−氏は2004年と2005年にWGBH−TVで放送された「サッコとヴァンゼッティの日記」ドキュメンタリー・ドラマのシナリオ制作担当でもある。


梗概

この映画は、日本、韓国、アメリカの被爆者の実体験に基づくものである。彼らの話は、広島の最年少被爆者である中西英治氏と彼にギターを教わる八歳の少女ヨウコさんとの関係に結びつけられていく。彼女は、少しずつ英治の被爆体験について知るようになる。そして、色鮮やかな写真や被爆者によって描かれた絵を見るにつれ興味を持つようになる。「英治さん、私を広島平和祭に連れて行ってくれないかしら」

英治とヨウコは、もう一人の被爆者、原田氏と広島行きの相談をし、馴染みのある童謡を一緒に口ずさむ。英治とヨウコのつながりは、折り紙作りやお墓参りと言った先祖の供養などを通してより強くなって行く。雷雨のまっただ中、ヨウコは60年間英治の頭から離れなかった「黒い雨」のことを知った。*広島への巡業の旅に出る直前に、英治は思いもかけず突然この世を去った。1945年以来彼が抱え続けて来た放射能汚染によるものだった。ヨウコの偽りのない反応がここにある。「英治さんは亡くなってしまった。英治さんがいなくなって、とても寂しい。一体誰が私を平和祭に連れて行ってくれるの?」

英治に代わって、原田がヨウコを平和祭に連れて行く事になる。彼らの広島への旅は、「平和な明日を求める9.11遺族の会」が長崎から広島へ1,800キロ以上もある記念石碑を牽引する2005年のストーン・ウォークと平行して進行して行く。幾つもの山を越える旅の途中、原田は自らの原爆体験を話す。ヨウコと対比させて、映画は第二次世界大戦中のアメリカで育つ少年を紹介する。彼は、雑誌やハリウッド映画から、戦争について知る。原田、ヨウコ、ストーン・ウォークが広島に集まって行くのと平行して、他の被爆者や若者達とのインタビューが、映画の中に織り込まれて行く。広島の第60周年記念平和祭の為にアート、音楽、ダンスなどを子供も大人も一緒になって作り上げる時、被爆者と若者達との間に強い絆が生まれる。平和祭はこのように厳粛な記念式典から歌や踊りの狂乱へと姿を変えて行く。そしてそれが最高潮に達した時、映画の上での広島原爆投下が起こる。敢えてそれを2005年の平和祭と重ねる事により原爆の身の毛のよだつような現実性を今の出来事として捉える。その夜、何千人もの人達が、広島平和記念碑(原爆ドーム)近くの元安川に紙灯籠を流す。映画はヨウコが翌朝一人川の土手に座って、英治のギターをぎこちなく爪弾く様子を映す。

長崎の原爆投下は、神式の婚礼のまっただ中に起こる。原爆が落とされた時、婚 儀が灰と化す中、私達の耳に残ったものは、酒の瓶の「ポン」と破裂する音だけ であった。一方アメリカでは、デイヴィ(少年)が、内省的になっている。広島 —長崎祝賀の為に使った鍋と木のスプーンを投げ捨てる。原爆の容易ならない影 響力を軽視した科学者達と対比して、被爆者の子孫による声明を背景として、長 崎の平和記念公園で、あるコーラスのグループによるベートーヴェンのコーラル ・ファンタジー(Op.80)がながれる。コーラスの歌声と被爆者の子孫の声明や科 学者達の語りと言ったものが重なり合い、映画は激烈さを極める。 核兵器を配備した国々の名前が、笑顔の家族写真と共に表れる。黒い雨が、写真 の上に落ちる。そして、顔は消え失せる。長崎の原水協青年協議会は、500人 のメンバーと共に "We Shall Overcome"を英語で熱唱しながら閉じられる。 英治の歌う「長く遠い旅」が、映画のクレジットと共に流れる。

*中西英治氏は、2007年映画制作中に、他界された。

MEMORY Productions. David Rothauser 39 Fuller Street, Brookline, MA 02446
Tel: 617 232-4150




Join our group on Facebook

Now on Facebook


CALL FOR CONTRIBUTIONS

We hope that you will participate in this important educational film by making a tax-deductible contribution. Please remit your contribution payable to:

The Community Church of Boston
c/o David Rothauser
39 Fuller Street
Brookline, MA 02446

In memo box indicate:
"Rothauser Hiroshima Film"

View video of the Film's Progress here

The Filmmaker

WRITER/TEACHER/PRODUCER, David Rothauser co-produced the Blue Ribbon winning docu-drama (American Film Festival, NYC) "A Good Example: Bertolt Brecht and HUAC". He is also a recipient of the Sacco-Vanzetti Social Justice Award from the Community Church of Boston for his film, "The Diary of Sacco and Vanzetti"; recently broadcast on WGBH-TV, Boston.

Upcoming Event:

This film will be shown at the NPT Conference at the UN on May 19, 2010.